漢方における健康観とは
「陰陽のバランスが取れていて、身体を構成する気血津液の量が十分で、よどみなく巡り、五臓六腑が協調的に働いている状態」が健康を保つうえで必要です。
この健康条件を乱す要素(病因)として、「外因」「内因」「不内外因」という3つの要素があり、それらを特定し排除・対応することが治療の第一歩となります。
a. 漢方で考える外因とは
外因とは、その名の通り身体の外側から身体に影響を及ぼす要素です。
漢方では、気候の変化に伴って発生する6つの外邪(悪影響を与える存在)を言います。
風邪(ふうじゃ)、寒邪(かんじゃ)、暑邪(しょじゃ)、湿邪(しつじゃ)、燥邪(そうじゃ)、火邪(かじゃ)の6つです。
その漢字が示す通り、寒邪であれば寒さが及ぼす影響、暑邪は厚さが及ぼす影響という具合です。
わかりにくいのは火邪でしょうか。
火邪は他の外邪とは異なり、気候の影響というよりはほかの外邪が慢性的に影響した際(漢方では鬱滞・鬱といいます)に生じる熱化した邪気のことです。
b. 漢方の内因とは
内因とは、身体の内側から健康条件に影響を及ぼす要素のことです。
これはヒトの感情の過剰な変化を言います。「過剰な変化」というのがポイントです。
人は「喜」「怒」「思」「悲」「憂」「恐」「驚」の7つの感情を持つ(七情)と漢方では考えています。
ですので、何らかの原因・出来事に対して怒ったり、悲しくなったりするのは普通のことです。
しかし、その感情が強く長引いてしまったり、原因が明確ではないのに特定の感情にとらわれてしまったりすると、臓腑や気血津液を痛めてしまうのです。
c. 漢方における不内外因(ふないがいいん)とは
その漢字の通り、内因でも外因でもない原因という意味で、漢方では飲食失節、労力過度、心労過度、安逸過度などが挙げられます。
飲食失節は、食べ物や飲み物の影響で量の多い・少ない、質の偏り(冷たい、熱い、脂っぽい、甘い、辛いなど)により、臓腑や気血津液に影響が出ていることを言います。
労力過度は、仕事や勉強、遊びなどのスケジュール過密により、気血津液を消耗することです。
遊びも入るのがポイントで、好きなことであっても過密なスケジュールは消耗するわけです。
心労過度は、悩みすぎて精神疲労の状態になることで、臓腑(主に心や脾)を損傷することです。
安逸過度は、休みすぎによる活動量の低下によって気血の停滞が起こることを言います。
臓腑の脾胃を衰えさせて、気力の低下を招きます。
5つの病気の型(漢方医学)
病因やクリニックで実施されている西洋医学では、病気はミクロ分析で細かく細分化され、次から次に新しい病名が作られ続けています。
一つの病気であっても、その中でもさらに細分化していくのが西洋医学的な病名であり、病気メカニズムに対する考え方です。
一方で東洋医学、漢方医学では整体観、全体像というマクロ分析を重視しており、病気の枝葉を分析するよりも、病気の本質を見極める分析を行います。
漢方医学的に、病気を俯瞰してみると病気のメカニズムは5つ程度に集約され、そこから証(漢方医学の診断結果)を立てていきます。
A. 陰陽失調
陰陽論をもとに、身体も陰陽に分けられますがその陰陽のバランスが崩れていることです。
B. 臓腑病機
臓腑とは、体内の様々な機能や内臓のことなのですが、臓腑機能の失調や気血不足停滞が起きることです。
C. 気血津液失調
気血津液というのは、身体を形作っている成分のことですが、これの量が足りないこと、循環していないことを言います。
これにより臓腑の機能が著しく低下します。
D. 経路病機
経路とは気血津液の通り道であり、身体の内側と外側、臓腑同士をつないでいます。
その通路の機能が低下することを言います。
E. 邪正盛衰
A~Dまでは、身体の機能が低下し起きるメカニズムであるのに対し、これは身体の健康力である正気(せいき)よりも強い病邪により引き起こされる病気のメカニズムです。
身体の正気が弱っている場合には、正気を強くする必要があります。
病邪が強ければ病邪を取り除くなどの対応が必要になります。
これらの5つのメカニズムをもとに、身体がどのように影響を受けているのかを判断し、漢方の診断結果である証を立てることになります。
漢方医学の診断結果は証という
これまでお伝えしてきた健康観や、病気の原因、メカニズムなどを踏まえ、集めた情報から漢方医学の診断結果を導き出すことを「証を立てる」といいます。
この証をもとに、使用する漢方薬が決まります。
弁証の手段は様々ありますが、主に使用する弁証方法をお伝えします。
八綱弁証
陰陽論の視点から病証の全体像をとらえる方法で、ほかの弁証の基礎となります。
病位(表裏)、病情(寒熱)、病勢(虚実)、統括(陰陽)の4つの項目を評価します。
六淫弁証
六淫とは、外因の6つの外邪のこと(風邪、寒邪、暑邪、湿邪、燥邪、火邪)ですが、これからどのような影響を受けているかを評価します。
気血津液弁証
気血津液の過不足や運行からの影響を評価します。
気血水は臓腑との関連も強いため、臓腑弁証とほぼ並行して行うことになります。
臓腑弁証
臓腑の生理機能、病理状況をもとに評価する方法で東洋医学の基礎ともいうべき弁証方法になります。
経路弁証
六淫に代表される外邪は、経路を通じて体内臓腑に達します。
病邪の侵入経路や到達臓腑などを検証する方法です。
六経弁証
病期や部位を検証する弁証方法で、病は陽証から陰証に、表証から裏証に、熱証から寒証に、実証から虚証へと進行するという考えのもとに行う弁証です。
陽(太陽、少陽、陽明)と陰(太陰、少陰、厥陰(けついん))をそれぞれ3つに分け、合計6つの病期に分けて考えます。
八綱弁証とのつながりが深く、連動して弁証することになります。
これらの弁証方法を活用して、病気・症状に対して証を立てます。
論治とは
漢方医学の診断結果である証に基づいて治療方針や漢方薬を決めることを論治といいますが、この論治にも漢方医学の治療法則である治則があります。
まずは基本の基本であり、大原則である「治病求本」
病気の本質的な事柄を「本」といい、この「本」を見極めることから始めなさい(「本」以外のことを「標」といいます)。
そして同じく大原則である「先本後標」
まずは「本」の治療を優先し、「本」の治療が進めば「標」は自然と改善するという考え方になります。
つまり、「主訴や枝葉の症状に囚われずに病気の本当の原因を見つけ、そこに対する治療を優先しなさい」ということです。
一見すると当たり前の考え方ですが、現在の西洋医学や病名漢方にはこの視点が足りていないのが現状です。
病因・クリニックでは、今起きている症状(結果)が真実かどうか(部位や病状など)を確定するために検査をし、確定することによって診断名が付き、それに対して対処療法を行っているにすぎません。
一方、「治病求本」や「先本後標」は今起きてい症状(結果)はなぜ起きているのか?というプロセスを解析し、起きている結果への過程プロセスを明らかにし、その過程は現在進行形であるため(現に症状が続いている)、その過程に対して本治治療を行うのが、この大原則が示している治療方針であり、王道の漢方薬の使い方となります。
上記2つの大原則の他にも、以下のような治則があります。
扶正去邪(ふせいきょじゃ)
身体の健康パワーである正気をサポートして、邪気を追い払うこと
陰陽調節(いんようちょうせつ)
人体における陰陽平衡が健康を保つうえで重要であるとの考えから、陰陽のパワーバランスを整えること
三因制宜(さんいんせいぎ)
因時制宜(四季の変化など)、因地制宜(地域の気候や生活環境)、因人制宜(人の個別性、個体差)の3つの視点で臨機応変に対応すること。
天地人の考え。
これらの治療法則に基づいて、治法を決め漢方薬を決めていきます。
治法には、身体の内側から治療をする内治法と、身体の外側から外治法があります。
漢方薬は主に内治法になります(外用使用するケースも一部あります)。
外治法は鍼灸や按摩が該当します。
ここでは内治法についてお伝えします。
内治法には、汗法、吐法、下法、和法、温法、清法、補法、消法などがあります。
汗法は汗をかかせて病邪を追い出す手法
吐法は催吐させて病邪を追い出す手法
下法は寫下させて病邪を追い出す手法
和法は臓腑の相互不和を整える手法
温法は温裏する手法
清法は熱邪を清する手法
消法は期待瘀血や食積、痰飲を除去する手法
となっており、必要な治法に則した漢方を選定することになります。
例)頭痛のケース
ではここで、一つ例を示してみましょう。
「頭痛」を主訴とする患者さんです。
病因やクリニックなどの西洋医学では、頭痛は主に片頭痛、緊張型頭痛、群発頭痛の3つに分けられています。
その病名に従って、ロキソニンやイブ・ボルタレンなどの鎮痛剤、イミグランやゾーミック・マクサルト・レルバックス・アマージなどのトリプタン系薬剤、クリアミンなどのエルゴタミン製剤が処方になります。
また、医師も頭痛に対して漢方薬を使う場合がありますが、「病名漢方」による選択で「五苓散」や「川きゅう茶調散」などを使うことがあります。
漢方医学では、主訴として頭痛の訴えがあった場合、今までお伝えしてきた漢方医学の知見をもとに状態を分析します。
漢方医学的な診断の結果は、片頭痛や緊張型頭痛という病名ではなく、「肝陽頭痛」とか「虚血頭痛」とか「腎虚頭痛」というような証になります。
「西洋医学の片頭痛は漢方医学の肝陽頭痛」というようなことはありません。
肝陽頭痛は肝陽頭痛であり、西洋医学の病名である片頭痛、緊張型頭痛、群発頭痛のいずれかに置き換えることはできないのです。
当然のことですが、漢方薬は漢方医学の判断による証に基づいて行われます。
肝陽頭痛であれば「竜胆瀉肝湯」を検討する、というような流れになります。
頭痛であれば、なんでも「五苓散」という話にはなりません。
随証漢方治療 -まとめ-
ここまで、【漢方専門 なつめ薬局/札幌市中央区】で実践している「随証漢方治療」の流れと、用語解説を行ってきました。
これだけの手順を踏んで、初めて漢方薬の選定にたどり着くことがご理解いただけたかと思います。
病名から漢方薬を選ぶ「病名漢方」では、ここまでの手順を踏まなくても漢方の用意はできますが残念ながら病名漢方では治癒率はかなり低く、運頼みの漢方使用になってしまいます。
漢方薬の本当の実力を引き出し、治癒率を高め、困っている患者さんのチカラになるために私たちは随証漢方治療を実践しています。
また、対処療法ではなく本治治療になる漢方選定を心がけています。
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ご相談はご来局いただくことが一番良いのですが、遠方やコロナなどの感染症、身体が不自由だったり、乗り物に乗ることが困難だったりと、様々なご事情があると思いますので、ズームを利用した遠隔相談もお受けしております。
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